佐賀県・嬉野温泉で70年以上の歴史をもつ「和多屋別荘」。一時は経営難に陥ったが、今や広大な敷地(約2万坪)を舞台に、地域文化と新しいワーク・学びの機能を束ねる複合拠点へと進化しています。鍵を握ったのは「脱・1泊2食」という収益モデルの組み替え、銀行・企業・地域との多層的な共創、そして“嬉野ならでは”の体験価値を核にしたブランド再定義でした。和多屋別荘 再生の方程式とは?
老舗は“泊まる場所”から“通う拠点”へ
老舗は“泊まる場所”から“通う拠点”へ
1)二度の危機を越えて——“再生の設計図”を描けた理由
和多屋別荘の転機は、三代目・小原嘉元氏の復帰と就任(2013年)。同氏は外部で旅館再生の経験を積み、帰還後は旅館の枠に収まらない事業設計で再建を主導した。のちに観光協会の副会長にも就任し、旅館単体ではなく“嬉野エリア全体”を伸ばす視点を打ち込んだ点も大きい。
また、2000年代初頭にも過剰債務の局面を経験し、外部の再生スキーム(債権買い取り等)を通じた立て直しの履歴がある。こうした“二度の再生経験”は、経営の現実直視と財務・事業両面のやり直しに踏み切る胆力を組織に残した。
2)収益の“面”を増やす——「脱・1泊2食」の多角化
茶を核にした“ティーツーリズム”
嬉野は銘茶の産地。同館は茶農家と連携し、茶畑や川辺を舞台にしたセレモニーや体験プログラムを造成。滞在価値を「客室中心」から「地域まるごと」へ拡張し、体験課金・リピート動機を育てた。
旅館×書店×文学賞というコミュニティ装置
館内にブックラウンジ「BOOKS&TEA 三服」を開業。ここを母体に全国初の“旅館発”文学賞「三服文学賞」を創設し、来訪・投稿・滞在イベントを循環させる“文化のハブ”を構築した。2025年も第3回の開催・ワークショップを実施するなど、毎年の企画が固定ファンと話題を生む仕組みになっている。
ワーケーションから“常駐”へ——サテライトオフィス誘致
コロナ禍で注目を集めたワーケーションを一過性で終わらせず、客室をオフィス仕様へ本格転用。企業の常駐入居や会員制コワーキングの整備に踏み込み、平日稼働・通年収益を引き上げた。銀行・企業との連携で入居を後押しし、2023年時点で複数社が入居する実績を積み上げている。
7施設同時開業のリニューアル——“通う場所”へ転換
創業71年の節目(2021年11月3日)には「Reborn Wataya Project」を掲げ、喫茶・ギャラリー・体験拠点など館内の複数施設を一気に立ち上げた。「泊まる→通う」への価値転換を、施設配置そのものの再編で可視化した点は象徴的だ。
3)金融・企業・地域の“面で支える”共創体制
地銀グループとの包括連携
佐賀銀行グループ、イノベーションパートナーズ、和多屋別荘の5者で包括協定を締結。スタートアップ支援や企業誘致を旅館を起点に仕掛け、地域課題の解決と観光地の稼ぐ力を同時に高める官民連携のモデルを作った。
クリエイティブとものづくりの導入
BEAMSや九州のクラフトと連動した企画・客室演出など、“滞在×ものづくり”の接点を増やし、来館理由の多様化とメディア露出を獲得。宿の世界観を拡張し、PR依存ではなく「企画そのものがニュースになる」設計が奏功した。
4)空間の磨き込みと“語れる部屋”
スイートや離れの改修を段階的に積み増し。施設の“物語性”を高めることで、価格弾力性と体験満足を両立させた。ハード投資を単発で終わらせず、コンテンツと回遊導線に繋げた点が再生案件としても優等生だ。
5)ブランド再定義——“嬉野の編集者”としての旅館
公式サイトや英語情報の拡充、ギャラリーのような空間演出など、旅館を“文化を編集し発信するメディア”へアップデート。宿の存在意義を「寝具と食事の提供者」から「地域体験のキュレーター」へ言い換えたことで、海外・都市圏の感度層にも刺さるブランドへと進化した。
6)何がKFS(重要成功要因)だったのか
- 収益モデルの多層化(茶体験、書店・文学賞、オフィス賃料、イベント)
- “場の再編集”による滞在価値の最大化(7施設同時開業で回遊性を増幅)
- 金融×企業×地域の共創基盤(地銀・企業誘致のスキーム)
- 経営陣の“外部経験”と現場実装力(再生コンサル経験と財務・事業改革)
- ニュースを生む企画力(文学賞やクラフト客室など)
7)他地域への示唆——“温泉街の再生”は編集と複合化
温泉地の課題は「曜日・季節の偏在」と「滞在の短さ」。和多屋別荘の打ち手は、
- 通年稼働を支える平日需要(オフィス・企画・学び)
- 客室外の滞在価値(茶・本・工芸・イベント)
- 地域目線の編集(農家・金融・企業の巻き込み)
の三点でこれを解いた。老舗の資産(立地・敷地・歴史)を“コンテンツと機能”で再編集し、泊まる→通う→関わるの段階を設計できれば、温泉街は“観光”を超えて“産業と文化のプラットフォーム”になり得る。
経営の成功要因
経営の成功要因として、「利益が出るまで、絶えず創意工夫し続けることの大切さ」「既成概念にとらわれない新しい発想とひらめき、柔軟性」
さらに、「時代が刻々に移り変わっているわけですから、経営者が、上に立つ人間が、頭が柔軟で、進化していく」、「進歩向上、進化ということを常に前に立てていかないと会社はダメになります」、「会社の経営でも、何が一番大事なことかというと、進化をするということ」です。
和多屋別荘を見事に再建し、従来の旅館業の枠に囚われず、新たな試みを打ち出し続けている小原嘉元氏。かつて、その放蕩ぶりで実の父に切り捨てられた状況から立ち上がり、まさに別人のような実績を上げてきました。氏はこれからも、旅館経営者として来館者へのホスピタリティーを大切にしつつも、これまでの枠に囚われない、新しい旅館経営の形を模索し続けていくことでしょう。
